おしゃべりサロン くらら舎


生きているということは学ぶこと
by kuraramichiko
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母の近況

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台風一過。今朝は 珍しく そこここに初秋の気配がみられ

爽やかな朝を迎えることができた。

  

みちこは そそくさと自分のお弁当を詰め 自宅に帰っている母と共に 

昼食をとるため ルンルンうきうき。

食後の果物は 母の好きな柑橘類。ネーブルをカットしてパットに詰めて実家へ急ぐ。



母には なるべく食事は自力で摂るように手を貸さないでおこうと自制しながらも 

その動きは 107歳ともなればスローで固めの粥すらポタポタとこぼすようになり 

箸は使えなくなってしまった。


「アノネ。ご飯が欲しくないと言って 食べなくなったら、危ないょ。

元気だった僕のおふくろは3日ほどで亡くなってしまったょ」と 

県北のYさんが言った話が「小さな塊となって」みちこの胸のなかに住むようになり 

彼女は 母の口の中に 今日も やゃ無理やりに 粥を押し込むように食べさせた。



総入れ歯を洗浄し 口をすすぎ 実家のS新聞を読み 母と一緒の時間は 一時間余り、、。

耳の遠い母は 娘のみちこが傍に居る、、、それだけでも心安らぐようで 

今日は穏やかな表情で 静かな食後を 共に過ごすことができた。



しかし 時に甘えるというか 本音で訴えられることがあり

みちこは泣きだしたくなる時がある。



昨日も 母の介護度認定のため 市の福祉課の方がみえ孫嫁のY子さんに 

母の様子を訊ねている最中 みちこの動きに反応して

「みちこー。自分の家へ連れて帰ってくれ」「放って置かないでくれ。寂しいょー」と 

突然の大声で 市の職員の方まで愕かせてしまった。

Y子さんも「ばぁちゃん お家に帰っているのょー」と耳元で訴えても

「そうじゃない。ここは養老院じゃ」と否定。

「ひとりにしないでくれ。さびしいよー」の訴えは 認知症があるとは謂え 

娘のみちこには「全うにしか」聞こえない。




昨日も いつものように 母の様子を伺いながら「じゃまたネ。

バイバイ」は言わないで こっそり遠ざかって帰った。





今日の母は 静かで 機嫌よく かけっ放しのテレビを視たりみちこの顔を 

交互に眺めたりで 表情も穏やか。

退却のタイミングを 今日はどうしょうかと 思いながら母の顔を眺めていたら

「みちこや。たのむ」の 母の合掌。

オシッコがでたのでオムツを取り替えてくれという事。

「ハイハイ」と みちこは機敏に取り替えた。それというのも 母はベットの柵を署ルまえ 

お尻を自ら持ち上げてくれるから オムツの取り換えは楽なのである。

あと熱いお湯でお尻を拭いパウダーをハタク。



母のお尻を拭いながら 昨日のこともあってか 突然 みちこの眼から涙があふれた。

倖せいっぱいの涙でもあるのだ。

そして「母さん。寂しいおもいをさせてゴメンナサイ」と詫びつっも 

母娘共々元気でオムツを取り替えることがでるうれしさ。

「いつ何時までも続きますように」と祈る涙でもある。

  

「母さん。オシッコはでてないの」と尋ねると「でてない」と答えることが多くて

「ホントかしら」と確かめてみたこともあったが「嘘ではなく」些細なことだが 

みちこには それすらいまでは 喜びである。



みちこも 既に後期高齢者 そして「ひとり暮らし」

「老若男女 みんなみんな通る道、、、」とは言いながらも 夫亡き後の「老後」は寂しい。

107歳の母の「寂しいょ。ひとりにしないでおくれ」の訴えはジーンと身に沁みる。



 
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by kuraramichiko | 2010-09-07 23:07 | 想いのままに
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